医療機関における健康経営

医療機関における健康経営

1)   医療機関の動向・現状

良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進する観点から、医師の働き方改革、各医療関係職種の専門性の活用、地域の実情に応じた医療提供体制の確保を進めるため、長時間労働の医師に対し医療機関が講ずべき健康確保措置等の整備や地域医療構想の実現に向けた医療機関の取組に対する支援の強化等の措置を講ずるとして、2021年5月に「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律(令和3年法律第49号)」が成立した。各医療機関には、長時間労働の医師の労働時間短縮及び健康確保のための措置の整備等(2024年4月1日に向け段階的に施行)が求められ、医師を中心とした働き方改革が進められている。それにともない、医療関係職種の業務範囲の見直し(2021年10月1日施行)により、タスクシフト/シェアを推進し、医師の負担を軽減しつつ、医療関係職種がより専門性を活かせるよう、各職種の業務範囲の拡大等を行うことが進められている。

「経済財政運営と改革の基本方針2018」(2018年6月15日閣議決定)においても、「人手不足の中でのサービス確保に向けた医療・介護等の分野における生産性向上を図るための取り組みを進める」とされたことを踏まえ、看護職がより専門性を発揮できる働き方の推進や生産性の向上、看護サービスの質の向上を図るため、看護業務の効率化に向け取り組まれている。さらに、日本看護協会では、「医師が行っていた行為や業務を単に看護職や他職種にシフトしても、病院全体の業務量は変わらず、他職種の負担増や新たな人材確保が必要となります。医療専門職がそれぞれの専門性を軸に、質を担保しながら、さらに役割を発揮し、今まで以上に医療の提供に貢献していかなければならない。」とし、看護職の働き方改革が推進されている。医師の働き方を変えるためには、病院スタッフ全体の働き方を変えていく必要性がある。

医療機関のような有資格の専門職集団組織においては、CS(Customer Satisfaction 顧客満足)とともにES(Employee Satisfaction 従業員満足)もきわめて重要である。看護については、従来から、いわゆる「マグネット・ホスピタル」という概念が提唱されてきた。ANCC(American Nurses Credentialing Center)によれば、マグネット・ホスピタルの備えるべき14の「磁力」として、看護のリーダーシップの質、組織構造、経営スタイル、人事政策及びプログラム、ケアの質、看護ケアの自律性、教育研修システムの構築等の各項目が挙げられている。これらは単に看護職員の確保・定着対策というよりは、優れた医療機関が有すべき一般的な要件であるといえる(尾形裕也, 2008※)。医療機関の人材マネジメントにより「マグネット・ホスピタル」の実現が期待される。

  • 第28回看護科学学会学術集会特別講演抄録;医療制度改革と看護への期待

https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/06/dl/s0602-5h.pdf

2)   医療職における健康経営の意義

職場環境や仕事特性によって生産性指標であるプレゼンティーイズムやアブセンティーイズム(病欠)への関連が異なることを示した研究〔Gosselin et al.(2013)〕がある。専門性の高い仕事であったり、職場のサポートが少ない場合はプレゼンティーイズムの悪化につながること、一方、労働時間の長さや仕事への責任の重さとアブセンティーイズムの少なさが関連していることが示されている。つまり、病気であるときに、仕事を休むか、それとも無理してでも出勤するかの判断には、当該仕事の状況が影響し、専門性の高い仕事や責任の大きな仕事に就いている人は、病気であっても休むことを選択せず、出勤するという選択をする傾向が強い可能性がある。こうした専門性の高い仕事の1つとして医療職が挙げられている。医療専門職のプレゼンティーイズム損失やアブセンティーイズムの増加による生産性の低下は、仕事のパフォーマンスに影響し、患者の安全と医療の質の低下につながる可能性があることが指摘されている〔Brborovic & Brborovic(2017)〕。こうした健康と生産性の視点から、医療機関において健康経営に取り組む意義は大きいと言える。

経済産業省 健康経営の推進について(2020)を参考に作成
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/180710kenkoukeiei-gaiyou.pdf

図.健康経営推進による医療機関への効果(研究グループ作成)

【参考資料】

  • Gosselin, E., Lemyre, L., & Corneil, W. (2013). Presenteeism and Absenteeism: Differentiated Understanding of Related Phenomena [Article]. Journal of Occupational Health Psychology, 18(1), 75-86. https://doi.org/10.1037/a0030932
  • Brborovic, H., & Brborovic, O. (2017). Patient safety culture shapes presenteeism and absenteeism: a cross-sectional study among Croatian healthcare workers. Arhiv Za Higijenu Rada I Toksikologiju-Archives of Industrial Hygiene and Toxicology, 68(3), 185-189. https://doi.org/10.1515/aiht-2017-68-2957
  • 津野陽子. (2019). 【医療専門職の業務の変化と現代的課題】医療機関における医療専門職の健康と生産性 健康経営の視点から. 社会保障研究, 3(4), 492-504. http://search.jamas.or.jp/link/ui/T405060003

3)   米国病院協会による7つの勧告

病院は健康的な文化を創るリーダーであり、自分たちの病院の従業員として実践していることの重要性が問われている。病院が地域社会において健康のリーダーであり続けるための米国病院協会による7つの勧告(A Call to Action : Creating a Culture of Health.American Hospital Association, 2011)が示されている。

勧告1.コミュニティにおけるロールモデル(手本)として機能すること
勧告2.健康な生活に関する組織文化を創造すること
勧告3.多様な健康増進プログラムを提供すること
勧告4.プラスまたはマイナスのインセンティブを提供すること
勧告5.従業員の参加度及び成果を測定すること
勧告6.ROI(費用対効果)を測定すること
勧告7.持続可能性を重視すること
出典:Creating a Culture of Health – American Hospital (2011)
https://www.aha.org/ahahret-guides/2013-01-09-call-action-creating-culture-health

4)   医療職に関する研究動向

〇医師・看護師のプレゼンティーイズム

病院医師・看護師は他の専門職よりプレゼンティーイズム大きく、チームの生産性を下げ、プレゼンティーイズム関連の間接的医療費の増加につながる可能性がある(Lui et al. 2018)。他の業種や職種と比較しても、医師・看護師と教育職(フルタイムの学校教師)のプレゼンティーイズムは大きいとされている(Aronsson et al. 2005)。また、看護師や助産師、介護職などのケアワーカーや教育職は休む際に代替要員がいない、もしくはみつけることが難しい職種であり、病気であっても出勤する可能性が高く、プレゼンティーイズム損失が大きいことが指摘されている(Aronsson et al. 2000)。看護師のプレゼンティーイズムは、看護師自身のウェルビーイングと患者の安全に対するリスクと関連している。看護師のプレゼンティーイズムとその損失コストは、職場での生産性の低下に関連(Freeling et al. 2020)しており、プレゼンティーイズムの生産性損失コストは、医療従事者1人あたり年間2,000~15,541ドルの範囲といわれている(Lui et al. 2018)。

〇プレゼンティーイズムの関連要因

プレゼンティーイズム損失が大きいと胃腸障害や睡眠障害,不安・抑うつ,肩こり・腰痛など心身の症状を持っている割合が高いことが指摘されている。さらに,夜勤があったり,週末も仕事となる交替勤務の看護職はワークファミリーコンフリクトが高く,ワークファミリーコンフリクトはバーンアウト,睡眠,プレゼンティーイズムと関連し,仕事のパフォーマンスに影響している(Camerino et al. 2010)。さらに、プレゼンティーイズムにより引き起こされるアウトカムとして報告されているのは、筋骨格系の疼痛・疾患、バーンアウト、仕事の結果としての投薬ミス、患者の転倒・転落、ケアの質、病欠(Sick leave)、健康状態の悪化、作業能力(work ability)の低下、パフォーマンスの低下(Lui et al. 2018)である。医療職の精神不調と一般的なエラーや投薬ミス、ヒヤリハット、患者の安全、患者満足度とが関連している強いエビデンスがある。これらの結果から、医療職の健康と仕事の機能(生産性)の両方を改善するため、予防的な対策(介入)が重要であることが指摘されている(Gartner et al. 2010)。

■ケアの質の測定 ケアの質の測定は、認知しているケアの質スコアと投薬ミスと患者の転倒・転落の患者の安全を測定している。過去14日に提供されたケアの質を11件法(0~11)のリッカートスケールで測定する。1項目の指標で、病院における大規模な研究で使用されている。 投薬ミスは、過去14日間起きた件数を尋ねることによって測定する。患者の転倒・転落は、過去14日間に担当患者に発生した転倒・転落の数を尋ねることによって測定する。
Letvak, S., Ruhm, C., & Gupta, S. (2013). Differences in health, productivity and quality of care in younger and older nurses. Journal of Nursing Management, 21(7), 914-921.
図.アウトカム指標の探索と健康リスク・生産性との関連(研究グループ作成)

〇アブセンティーイズムの関連要因

仕事の負荷(work overload)は、看護師のアブセンティーイズムの悪化と関連していた(Lui et al. 2018)。先行研究(Brborovic et al.2017)において、患者に関連する業務負荷の増加が短期・長期のアブセンティーイズムを増加させる可能性を報告している。最適値を30%上回る業務負荷の増加は、自己認識している病欠期間の1.44倍に関連し、医学的に認定された病欠期間に対する比は1.49であった。職場での社会的排除、過度の肉体労働、職場のネガティブな変化などの労働条件は、看護師の長期的な病欠(アブセンティーイズム)や離職に影響を及ぼすことが示されている。職場の低いソーシャルサポートは短期の病欠(アブセンティーイズム)と関連し、仕事の緊張(strain)は、高い心理的要求と看護師の業務への意思決定の少なさが組み合わさった場合に、短期の病欠(アブセンティーイズム)と関連していることを示した。また、病院の合併(hospital mergers)が医療従事者の健康に大きな影響(長期のアブセンティーイズムが増加した)を及ぼしたことを示した。病院合併とアブセンティーイズムの関連は、合併後0、2、3、4年の女性、4年目の男性で有意に高かった。

また、インフルエンザワクチン接種は、インフルエンザシーズン中の医療従事者の短期のアブセンティーイズムの低減に関連しることも示されている。インフルエンザワクチン接種がアブセンティーイズムによる損失時間数を減らしていた。

【参考資料】

  • Lui, J. N. M., Andres, E. B., & Johnston, J. M. (2018). Presenteeism exposures and outcomes amongst hospital doctors and nurses: a systematic review. Bmc Health Services Research, 18, Article 985.
  • Aronsson, G., & Gustafsson, K. (2005). Sickness Presenteeism: Prevalence, Attendance-Pressure Factors, and an Outline of a Model for Research. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 47(9), 958-966.
  • Aronsson, G., Gustafsson, K., & Dallner, M. (2000). Sick but yet at work. An empirical study of sickness presenteeism [Article]. Journal of Epidemiology and Community Health, 54(7), 502-509.
  • Freeling, M., Rainbow, J. G., & Chamberlain, D. (2020). Painting a picture of nurse presenteeism: A multi-country integrative review. International Journal of Nursing Studies, 109, 103659.
  • Camerino, D., Sandri, M., Sartori, S., Conway, P. M., Campanini, P., & Costa, G. (2010). SHIFTWORK, WORK-FAMILY CONFLICT AMONG ITALIAN NURSES, AND PREVENTION EFFICACY. Chronobiology International, 27(5), 1105-1123.
  • Gartner, F. R., Nieuwenhuijsen, K., van Dijk, F. J. H., & Sluiter, J. K. (2010). The impact of common mental disorders on the work functioning of nurses and allied health professionals: A systematic review [Review]. International Journal of Nursing Studies, 47(8), 1047-1061.
  • Brborovic, H., Daka, Q., Dakaj, K., & Brborovic, O. (2017). Antecedents and associations of sickness presenteeism and sickness absenteeism in nurses: A systematic review [Review]. International Journal of Nursing Practice, 23(6), 13, Article e12598.